kimurouの部屋

このブログは、ジャンプ歴15年の知識を生かして、いろいろなマンガを紹介していくブログです。きっと、知りたい情報が見つかるはずです。

MENU

スポンサーリンク

【ジャンプ打ち切りの小話】あの大御所作家もデビュー作は打ち切り!?

スポンサーリンク

スポンサーリンク

今回は週刊少年ジャンプの打ち切り作品についての小話。

 

 

有名な話ですが、週刊少年ジャンプは作品の打ち切り率が半端じゃありません。新人、ベテラン関係ございません。(大御所は多少優遇されるが・・・)

 

基本的に、年間10作品ぐらいの作品が始まって、アニメ化までヒットするのは2作品ぐらいです。場合によっては0だった年も・・・

 

豊作だった年でも打ち切り率は50%を余裕で超えています。

 

そんな中で、競争を勝ち抜いた作品だけが、週刊少年ジャンプの本誌に何年間も掲載されているわけです。

 

ですので、ジャンプの漫画家のほとんどは打ち切りを経験しているといってもいいぐらいなのです。打ち切りのまま、夢半ばに漫画家をやめる人も多いはず・・・

 

 

実は、あの有名な大人気作家もデビュー作は打ち切られていることも多いんです。今回は、そんな漫画家をまとめてみました。

 

 

新人のデビュー作は打ち切り率が高い

ベテラン作家でも容赦なく打ち切りにするジャンプ編集部です。

 

何の実績もない、新人作家のデビュー作なんて打ち切られて当たり前です。おそらく、歴代の新人漫画家の打ち切り率を計算してみたら、低く見積もっても80%ぐらいはあると思います。

 

経験もそうですが、年数かけてやっている方が、話作りの面や、絵も上達します。技術的な面においても、新人はベテランより劣っているのは当たり前です。

 

また、一度人気作を連載していた漫画家などの場合、前作のファンの力もあって長続きすることが多いですね。

 

 

もちろん、そんな中でも結果を残して、デビュー作がいきなり大ヒット作になるといった例も存在します。

 

『ワンピース』、『ナルト』などがそうですね。この2作品は、それぞれ作者のデビュー作です。

 

 

デビュー作が打ち切られている人気作家

冨樫義博先生(『幽遊白書』、『ハンターハンター』など)

実はこの人、デビュー作は打ち切られてます。後に、『幽遊白書』や『ハンターハンター』など、看板漫画を連続して生み出すことになる、伝説級の天才漫画家ですが、その天才もスタートはつまずいています。

 

その打ち切りにあった作品とは、1989年に連載された『てんで性悪キューピッド』です。

 

あの冨樫先生がラブコメ漫画を描いていたんです。意外じゃないですか?

『幽遊白書』の初期にも、若干ラブコメ要素はまだ残っていましたが、途中でバトル漫画にシフトチェンジし、以後バトル漫画しか描いていないんです。

 

しかも、ラブコメ漫画にして、サービスカットも多く、当時ジャンプ連載枠としたら、エロ枠の漫画だったんです。

 

意外と、冨樫先生はラブコメ好きなのかもしれません。

 

コミックスは4巻で終わってしまいましたが、そこそこファンも多い作品だったようですが、冨樫先生からすると非常に不本意な作品のようです。

 

過去に村田先生の『ヘタッピマンガ研究所R』のインタビューでは、あの作品は冨樫先生の中ではなかったことになっているのだとか・・・(笑)

 

冨樫先生の漫画家人生の黒歴史という事でしょうか?

 

 

井上雄彦先生(『スラムダンク』など)

 

ジャンプ史上、最高傑作のひとつとして今なお語り継がれている『スラムダンク』の作者、井上雄彦先生。

 

実は、デビュー作は打ち切られています。しかも、当時は作画担当というスタイルで、原作は別の人を組んでやっていたようです。

 

打ち切られた作品とは、1989年連載の『カメレオンジェイル』です。

僕は当時、生まれていなかったので、全く読んだこともなく、色々調べたのですが、あまり情報が出てきませんでした。

 

井上先生にとっても、デビュー作は思い出したくない過去といったところでしょうか?

 

小畑健先生(『デスノート』、『ヒカルの碁』など)

 

『ヒカルの碁』や『デスノート』、『バクマン。』の作画担当として一世を風靡したレジェンド作家小畑先生ですら、デビュー作は打ち切られてます。

 

というより、この人、結構打ち切られてます。『ヒカルの碁』という素晴らしい原作と巡り合うまでは、まさに打ち切りのオンパレード、不遇の時代です。

 

そんな小畑先生は、デビュー当時は原作をつけずに、一人で漫画を描いていました。今とはことあるスタイルだったんですね。

 

先ほどの井上先生とは逆パターンです。

 

小畑先生のデビュー作とは、『CYBORGじいちゃんG』です。この作品は、ロボット化したじいちゃんが、悪の組織と戦うというストーリーです。

 

何かに似ていると思いませんか?そう!、去年実写映画化した『いぬやしき』です。この話も、ロボット化して、超人的な力を身に着けた冴えない爺さんが、悪のヒーローと戦います。

 

これと似たような作品を、すでに平成初期に書いていたわけです。しかし、時代を先取りしすぎて、読者が追い付かず、打ち切られてしまいました。

 

『こち亀』の秋本先生にもっと続いて欲しかったと思わせるほどのインパクトを残した作品でした。

 

後に、小畑先生は原作者と組むようになり、作画担当として、名作を数多く生み出します。

 

久保帯人先生(『ブリーチ』)

 

 

あの『ブリーチ』を生み出した、人気漫画家、久保帯人先生はデビュー作打ち切られています。

 

しかし、当時からすでに才能の片りんを見せていました。

 

デビュー作とは、1999年連載の『ZOMBIEPOWDER』です。次の作品の『ブリーチ』では日本が舞台で、尸魂界もどこか和風な雰囲気を漂わせていましたが、デビュー作『ZOMBIEPOWDER』の舞台は西洋です。

 

そして、同じく死者の話。

 

ストーリー面では、すでに当時から評価が高く、画力がまだまだ駆け出しだったというところでしょうか?

一定のファンはいましたが、惜しまれつつ打ち切りになりました。

 

そして、『ZOMBIEPOWDER』の登場キャラの一部は、劇場版『ブリーチ』で一部登場するといった、粋な演出が7年後に行われました。

 

久保先生自身、やはりキャラに愛着があったのか?

 

 

総括

意外とみなさん打ち切られているもんなんですね~

 

富樫先生とかすごい意外だったと思います。やはり、打ち切りを経験することなく、ジャンプ漫画家でいるというのは難しいことなんでしょうね。

 

しかし、上に挙げた作者はみなさん、後に名作を生み出しています。

そして、デビュー作でも、打ち切りではありますが、どこか才能の片りんを見せており、能力の大きさが推し量れます。

 

新人作家は打ち切られて当たり前、しかし、後の人気作家は、どこか才能の片りんは見せていることが多いといったところでしょうか。

スポンサーリンク